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児童学コラム

デジタル全盛の時代に、あらためて見直したい「人の感覚」

執筆者:和田直人(教員ページへ)
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夏休みも終わりに近づいた8月末、東京ビッグサイトで「TOKYOおもちゃショー2026」が開催されました。
フィールドワーク演習の学生たちと会場を訪れると、予想どおり、AIやIoTを使った最新の玩具がずらりと並んでいます。
そんな最先端テクノロジーの玩具がひしめくなかで、ふと目に留まったのが、小さなブースにできた人だかりでした。
近づいてみると、「ちょっとずつ違う」というアナログのボードゲームを紹介するブースです。大きさや厚み、重さのわずかな違いを、言葉にも見た目にも頼らず言い当てる、驚くほどシンプルなゲームでした。
たとえば、箱に入った粒の数を目で数えるのではなく、振ったときの音や重みだけを手がかりに推理し、順番に並べて答え合わせをするというもの。仕組みは単純なのに、何度挑戦してもなかなか正解できません。思わず「チッ」と舌打ちしたくなるほど悔しいのに、なぜか夢中になってしまう、不思議なゲームでした。

このゲームの魅力は、遊びの仕組みの巧みさだけではありません。
目の不自由な方も一緒に楽しめるうえ、難しい説明や知識がほとんど要らないので、子どもからお年寄りまで同じ遊びを共有できるのです。
これまでのゲームが、知らず知らずのうちに「見えること」「言葉がわかること」を前提にしてきたことにも、あらためて気づかされました。年齢や障がい、文化の違いを越えて人をつなぐ、インクルーシブな玩具の可能性を感じた瞬間でした。
「感覚なんて、あいまいで当てにならないもの」と思われがちです。けれども私たちは、いわゆる五感という枠組みだけでは説明しきれない、じつに多様な感覚を通して世界を感じ取っています。わずかな重さの違いや音の違いを聞き分ける力を持ちながら、自分にその力があることに気づかないまま毎日を過ごしている人も多いのではないでしょうか。
それは裏を返せば、私たちが自分の感覚の豊かさを、ふだん見過ごしているということでもあります。

ここで少しだけ、私の専門にも触れてみたいと思います。
「ちょっとずつ違う」シリーズの遊び方には、造形教育でいう「素材との対話」や、感覚を通した探索と重なる部分があります。
美術教育学者のヴィクター・ローエンフェルドという人は、子どもの表現の特性を「視覚型」と「触覚型」という観点に分けて考えました。
彼は、対象を外側から視覚的に捉えるだけでなく、自らの身体感覚や感情を通して捉える表現のあり方にも注目しました。粘土をこねる、積み木を積む、粒の重さを手で確かめる——そうした行為は、ものを「見て理解する」のではなく、実際に手を動かしながら理解していくプロセスです。
これは、心理学者のピアジェが子どもの発達の初期段階について語った、「実際に触れたり動かしたりしながら、少しずつ物事がわかるようになっていく」という考え方にも、どこか通じる気がします。
造形活動が単なる技術の習得ではなく、大きさや重さ、硬さ、温度、質感といった素材の性質を、身体を通して知っていく過程として位置づけられてきたのはそのためです。
おもちゃショーで、粒の数を音と重みだけで当てるゲームに多くの人が引き寄せられていたのも、正解を当てることそのものより、身体を使って違いを探り当てていく過程に、心地よさや楽しさがあったからかもしれません。

AIが絵を描き、文章をつむぎ、会話までこなす時代に、玩具の世界では、人間の身体感覚そのものを主役にしたゲームがおもちゃショーで注目を集めていました。
この対比は、なんだかとても示唆的です。効率や正確さではとてもかなわない存在が身近になったからこそ、人がもともと持っている「なんとなくわかる」「触ればわかる」という、あいまいだけれど確かな感覚に、あらためて価値が見いだされているのかもしれません。
デジタル技術が遊びの体験を広げる道具として急速に広まる一方で、遊びの核にあるのは、やっぱり人と人とが感覚を頼りに競い合い、笑い合う時間なのではないでしょうか。
おもちゃショーを訪れてから2日後、4年生のゼミ生たちと千葉県鴨川市で卒論ゼミの合宿を行いました。
夜のレクリエーションでは、おもちゃショーで購入した「ちょっとずつ違う」シリーズを学生たちと楽しみました。学生たちもなかなか正解にたどり着けません。それでも、その場は終始笑い声に包まれていました。

このゲームのキャッチフレーズは「考えるな、感じろ!」だそうです。
私がまだ小学生だった頃、カンフー映画『燃えよドラゴン』が流行し、私を含む周りの男の子たちは、ブルース・リーの真似をして手作りのヌンチャクを振り回して遊んでいました。劇中でブルース・リーが弟子に語りかけた「考えるな、感じろ(Don't think. Feel.)」は、のちに名言として広く知られるようになります。微細な違いを間違えるたびに小さく舌打ちする私の耳もとで、「Don't think. Feel.」とブルース・リーがそっとささやいているような気がしました。

参考文献

『The Nature of Creative Activity』 Viktor Lowenfeld,  New York : Harcourt, Brace and Company, 1939