メインコンテンツへスキップ
児童学コラム

カイ・ニールセンを探して

執筆者:川端有子(教員ページへ

たのまれた仕事から思いがけない発見や出会いがあると、研究していてよかったなあ、と思います。 

 6月ごろ、出版社からデンマーク出身のイラストレーター、カイ・ニールセンをとりあげて、『カイ・ニールセンとファンタジーの世界』(仮題)という本を出すので、解説をお願いしますという依頼がありました。とくにアンデルセンやグリム、ノルウェーの昔話などに挿絵を描いている人なので、児童文学に詳しい説明が欲しいとのこと。ニールセンの絵は少しは見知っていて、繊細で綺麗な絵だと思っていたので、引き受け、彼のことを調べ始めました。 

 20世紀の初め、デンマークに生まれフランスで美術を学び、イギリスで挿絵画家としてデビューしたニールセンは、絵本だけではなく、舞台装置やバレエの衣装のデザインも手掛けています。当時のヨーロッパをまたにかけて、しかもいわばメディアミックスの画家でした。その特徴は、白夜を思わせる淡い青の空や、様式化された北欧風のデザインに当時はやりの浮世絵の影響が混ざりこむ画風で、最初のころはアールヌーボー、次第にアールデコの影響を受けながら、驚くほどモダンなアンデルセン解釈を見せているところなどでした。あまり知られていなかったノルウェーの昔話『太陽の東、月の西』の挿絵も有名です。 

 面白かったのは、こうした挿絵本が第一次世界大戦の影響であまりふるわなくなり、仕事がなくなったニールセンがアメリカへ活動の拠点を移したころ、ディズニースタジオで仕事をしていることで、『ファンタジア』の「はげ山の一夜」と「アヴェ・マリア」を担当しています。さらに『眠りの森の美女』のコンセプトデザイン(これは採用されなかった)とか、『リトルマーメイド』(死後完成)にもかかわっているということでした。 

 もうひとつ、驚いたのが彼のモノクロの線画で、背景の曲線を描く柳の木や人の顔の描き方に、強い既視感を感じたことです。どこで見たか、というと実は、1911年に日本の冨山房から出版された子ども向けの全集「模範家庭文庫」の中の、『世界童謡全集』に、武井武雄、初山滋、岡本貴一が添えている挿絵です。そっくりなのです。線も、タッチも。 

 調べてみると、当時冨山房で編集の仕事をしていた楠山正雄というひとが、彼らに挿絵を頼む際、見本としてニールセン、ラッカム、デュラックなどイギリスの挿絵本を渡していたことがわかりました。似ているはずです。(ちなみに、AIに訊いてみたら、双方に関連なしという答えでしたが、調べてみるものですね)。 

 で、わたしがなぜこの1911年の『世界童謡集』の挿絵をよく知っていたかというと、このまさに古い古い本を、わたしは父から譲り受け、子どものころから何度も何度も繰り返し読んでいたからなのです。戦前に出たこの本は、父が叔母からもらい、読む本もろくにない戦中の子ども時代、大切にしていたものだったのです。 

 表紙もボロボロで、旧仮名遣いで書かれた詩の本であるにもかかわらず、この一冊はわたしにとってファンタジーの世界への入り口でした。シェイクスピア、マザーグース、スティーブソンその他、イギリス人の子どもならみんな知っているというような詩を子どものために編纂したこの本のおかげで、翻訳を通して、わたしはイギリス人の子どもの読書経験を共有していました。これがわたしの今のキャリアの出発点の一つになったことに疑いはありません。 

 ニールセンの生涯を調べ、解説を書き、挿絵の一つ一つを確認する作業は、思いがけず自分のルーツの見直しにもなりました。 

 大正時代の児童文学については、鈴木三重吉の「赤い鳥」ばかりが重要視されているけれども(わたしもそう教えてきたけれど)、楠山正雄の業績にももっと注目していいはずだという瀬田貞二のエッセイも発見し、ニールセンの原稿を仕上げたら、こんどは楠山正雄と大正時代の「童画」について調べてみようかな、と次なる目的も生まれました。 

 イギリスの児童観は大正時代の童心主義に、どうかかわっているのでしょうか。こういうことがあるので研究は楽しい。 

カイ・ニールセンの画集は、パイ・インターナショナルという出版社からこの秋、10月ごろ出版予定です。とてもきれいな本なので、ぜひどこかで見つけて手に取ってみてください。 

ここに載せたイラストのうち図Ⅰ、図2は『太陽の東、月の西』のもので、シロクマに変えられた王子さまを救うため、旅に出る娘の話です。図3は冨山房の『世界童謡集』の表紙ですが、この本は、現在復刻版としてソフトカバーで出版されています。 

図1

図2

図3

参考文献

冨山房/西條八十/水谷まさる「世界童謡集 初版模範家庭文庫 12」