ティファニーちゃんにあこがれて
『すてきな 三にんぐみ』という作品を知っていますか。
Tomi Ungerer(以下、ウンゲラー)が作った物語絵本で、日本では今江祥智の翻訳により1969年に偕成社から出版されました。子どもの頃、私はこの絵本が大好きでした。
表紙には、黒い帽子とマントに身を包んだ3人の盗賊たちの姿が描かれています。彼らは目的も持たず、夜になると出かけていって、ただ強盗を繰り返していました。怖いですよね。
しかし、ある夜、襲った馬車には宝石もお金もなく、乗っていたのは金色の美しい髪をもつ孤児のティファニーちゃんだけ。3人は仕方なく、ティファニーちゃんを隠れ家へ連れて帰ることにしました。ティファニーちゃんも「なんだか おもしろそう」と興味を示し、ついて行きます。
盗賊たちの隠れ家でぐっすりと眠ったティファニーちゃんは、翌朝、宝の山を見つけます。そして、盗賊たちにこう尋ねました。
“What is all this for?”
それまで宝の使い道など考えたこともなかった盗賊たちは、悩みます。悩んで、悩んで… さて、彼らはどうしたと思いますか。
盗賊たちとも対等に渡り合って大人の生き方を変え、環境に恵まれない子どもたちが必要とするものをたった一言で手に入れた、賢く美しいティファニーちゃんに、子どもの頃、私は憧れていました。そして、絵本を何度か読んでいるうちにあることに気づきます。盗賊に襲われる前後で、ティファニーちゃんの服装が変わっていたのです。髪型も、さらに顔つきまで違って見えるのはなぜか。その理由をずっと知りたいと思っていました。
やがて大人になった私は、書店に勤め、児童書と絵本の担当になったことをきっかけに、絵本について学び始めました。
その後、大学院へ進学し、ウンゲラーと、彼が生み出した物語絵本について研究することになりました。大学院では、ティファニーちゃんの姿が変化する理由を、昔話の語りの様式に関するリュティらの理論と作家の人生から読み解きました。
•なぜ、目的もなく盗みを繰り返す悪者たちを登場させたのか
•なぜ、家も家族ももたない子どもに重要な役割を与えたのか
•なぜ、夜を舞台にした物語絵本を描いたのか
ウンゲラーの故郷であるアルザス地方にも出かけてフィールドワークを重ね、作者の人生や哲学、政策の技法、絵本が出版された当時の社会状況などを調べながら考察を深めていきました。
ウンゲラーは、1931年、フランスとドイツの国境を含むアルザス地方に生まれました。
子ども時代に戦争に巻き込まれ、名前や国籍、話す言語や考え方まで変えることを求められたそうです。ある時はドイツ人として、またある時はフランス人として生きることを強いられたウンゲラーは、フランス語、ドイツ語、アルザス語の話者となり、やがて英語と複眼的な思考を身につけ、絵や言葉で表現する力を育てていきました。めまぐるしく変わる基準に適応しながら、彼は「自分らしさ」について考え続けたのだと思います。絵本作家になってからは、人間の個性と可能性、物事の両義性を描き続けました。
ウンゲラーは、国籍について質問されると「アルザス人です」と答え、「アルザス人である私は、環境に応じてどんな姿にもなれる。まるでカメレオンのようだ」と語っていました。
何にでもなれるし、どの姿も自分である――。
そう考えていたウンゲラーは、盗賊や人喰い鬼、コウモリ、禿げタカ、ヘビなど、一般的には良い印象を抱かれることが少ない存在を主人公に据え、彼らが先入観にとらわれない他者と出会うことで、自分の特性を生かして社会で活躍するようになる、ユニークな物語を絵本で繰り返し語りました。
興味を持ってくださった方は、ウンゲラーの絵本を、そして、時間があったら拙著『トミ・ウンゲラーと絵本』(玉川大学出版部)も読んでみてください。
心のどこかにずっと残り続ける絵本には、あなたが大切にしたい考えや人の在り方が息づいていることがあります。恐ろしい盗賊たちと家族も家ももたない子どもが出会い、ある言葉をきっかけに、お互いの人生が変わっていく。そんなストーリーが語られた『すてきな 三にんぐみ』は、子ども時代の私に、予期せぬことが起きる人生への期待と、大人になってからは、物語絵本について研究することのおもしろさを教えてくれました。
みなさんには、忘れられない絵本がありますか。何があなたの心を捉えていたのでしょうか。お気に入りの絵本をもう一度手に取って読んでみませんか?子どもの頃には見えなかったものに、今なら気づくことができるかもしれません。
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参考文献
『すてきな 三にんぐみ』(原題:THE THREE ROBBERS)作:トミー・アンゲラー 訳:今江祥智 偕成社(1969)
『トミ・ウンゲラーと絵本―その人生と作品』今田 由香【著】玉川大学出版部(2018)
